(上り)会津西方駅会津宮下駅→(下り)早戸駅
JR只見線
会津宮下駅
(Aizu-Miyashita)

◆2009年4月25日(土)、2011年10月11日(火)、2013年6月9日(日)、2022年5月15日(日)撮影
開業:1941(昭和16)年10月28日

所在地:福島県大沼郡三島町大字宮下字田中1417


キロ程:45.4km(会津若松起点)
駅名由来
宮下地区は古くからの交通の要衝で、東に大谷宿へ向かう銀山街道が続き、只見川を舟で渡と名入村、そして野沢宿(現西会津町)へと至る道を分岐していました。
室町時代には、横田(現金山町)の山内氏勝氏の領地となり、支族・宮下大膳俊久氏の居館が建てられました。また、「会津正統記」には、山内氏は、伊豆から三島神社を勧進し三島明神の祠を建立したとあります。由緒、勧進時期などは未詳ですが、「宮下」という地名は、宮下大膳の居館があったことと、三島神社の拝殿下に集落が形成されていったことに由来すると言われています。
昭和三十年(一九五五)、宮下村と西方村が合併した際、新しい村の名前は、三島神社にちなんで「三島村(六年後町制施行)」と名付けられました。
この地名の由来を受けて、昭和十六年(一九四一)十月二十八日、只見線が当地まで開通したとき、会津宮下駅が開業しました。(現地案内板より)


その他

会津川口駅延伸の1956(昭和31)年9月20日までの間、旧会津線の終着駅。

※参考、引用サイト:Wikipedia

駅名標(1)
(2013年6月9日(日)撮影)


駅名標(2)
(2013年6月9日(日)撮影)


駅名標(旧国鉄時代様式)
(2009年4月25日(土)撮影)

駅舎(待合所)
(2009年4月25日(土)撮影)


駅舎(待合所)
(2022年5月15日(日)撮影)

上り(会津若松方面)
(2009年4月25日(土)撮影)

下り(小出方面)
(2009年4月25日(土)撮影)

駅前(1)
(2013年6月9日(日)撮影)

駅前(2)
(2013年6月9日(日)撮影)

駅前(3)
(2022年5月15日(日)撮影)

駅舎(待合所)内(1)
(2013年6月9日(日)撮影)

駅舎(待合所)内(2)
(2013年6月9日(日)撮影)

昔懐かしい木製の電柱とほうろう製の駅名プレート
(2009年4月25日(土)撮影)

旧国鉄様式の駅名標と待合所
(2009年4月25日(土)撮影)

分岐器
(2009年4月25日(土)撮影)

気になる謎の建物
(2009年4月25日(土)撮影)

車両庫(?)
(2009年4月25日(土)撮影)

会津宮下〜早戸間のアーチ状の陸橋
(2009年4月25日(土)撮影)

駅名由来板
(2011年10月11日(火)撮影)

駅構内に蒸気機関車の方向を変える転車台が残されていました。かつてここは旧会津線の終着駅でしたので、その名残でしょうか。
(2011年10月11日(火)撮影)

駅スタンプ(1)
(2022年5月15日(日)押印)

駅スタンプ(2)
(2022年5月15日(日)押印)

TOP旅の記録路線各駅巡礼写真のページJR只見線(福島県・新潟県)>会津宮下駅(福島県)