えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン
(旧JR信越本線)
(上り) 春日山駅 直江津駅 (下り) (終点)
JR信越本線 (始点) 黒井駅
えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン
(旧JR北陸本線)
谷浜駅 (終点)

えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン
・日本海ひすいライン(旧JR信越本線)・JR北陸本線
直江津駅
(Naoetsu)

◆2002年9月21日(土)、2014年5月6日(火)撮影
開業:1886(明治19)年8月15日
※信越本線の駅として

所在地:新潟県上越市東町1-1

キロ程:0.0km(直江津起点)、59.3km(市振起点)(353.8km(米原起点))、37.7km(妙高高原起点)(75.0km(長野起点))
駅名由来

その他
1898(明治31)年に現在地に移転。かつての駅は西方に隣接している現在の直江津運輸区にあった。

※参考、引用サイト:Wikipedia

駅名標(1)


駅名標(2)


旧駅名標
(2002年9月21日(土)撮影)

駅舎(北口)


駅舎(南口)(1)


駅舎(南口)(2)

信越本線:上り(篠ノ井方面)
北陸本線:上り(米原方面)

信越本線:下り(新潟方面)
北陸本線:終点

駅前(北口)(1)

駅前(北口)(2)

駅前(南口)(1)

駅前(南口)(2)

駅舎(待合所)内(1)

駅舎(待合所)内(2)

直江津運輸区。かつての直江津駅はこの位置にあり、その後現在地に移転となりました。

2番線ホームの下り(新潟方向)に信越本線のゼロキロポストと説明板があります。

新潟県鉄道発祥の地
(直江津・関山間)“直江津駅”
“0”キロポスト
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信越本線は、高崎を起点とする路線で、1997年10月1日に横川〜軽井沢間が廃止され、軽井沢〜篠ノ井間が「しなの鉄道」に移されるまで高崎・新潟間327.1キロ(高崎・直江津間190.8キロ、直江津・新潟間136.3キロ)の路線でした。
 通常キロポストは起点から通しのキロ程を表示しますが、信越本線は1997年10月1日以降で高崎から直通のキロポストは設置されていませんでした。その名残りから現在でも信越本線のキロポストは直江津で一旦打ち切られ、直江津・新潟間は、直江津駅を起点とする“ゼロキロポスト”を基準とした線路設備の位置表示となっています。
 直江津駅は、明治18年8月15日(原文ママ、明治19(1886)年の間違い)に初めて新潟県に官設鉄道が開業した際に設置された「停車場」であり、新潟県鉄道発祥のゼロ地点でもあることから、直江津駅の“ゼロキロポスト”を、新たな旅立ちの起点として整備しました。
※開業当時の駅舎は、現在の直江津橋付近にありましたが、明治32年8月1日に現在の位置に移転しました。

“ゼロキロポスト”の利用方法
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●運賃・料金の算出基準に使用
●鉄道設備(駅、信号機、踏切設備など)の位置や建植場所を表す起点として使用
直江津駅長

新潟県鉄道発祥の地
「直江津〜関山間」鉄道開通120周年記念

明治19年(1886年)8月15日に、直江津〜関山間(18マイル21チェーン[29.4km])が新潟県に鉄道として初めて開通し営業を開始しました。明治16年(1883年)12月、政府は東京〜京都の東西両京を結ぶ鉄道の幹線として中山道鉄道を建設することを定め、明治18年(1885年)7月に中山道幹線建設の資材輸送のため、直江津〜上田間の鉄道建設に着工したのが始まりであり、後に、直江津〜軽井沢〜高崎との連絡により、本州中部横断線を形成する重要な路線となりました。
「直江津〜関山間」鉄道開通120周年記念イベント実行委員会
2006年10月14日

上杉謙信の居城として知られる春日山城頂上から撮影した直江津駅全景。
(2011年10月10日(月)撮影)

北陸本線と信越本線の分岐点を陸橋より撮影。
左が信越本線(篠ノ井方面)、右が北陸本線(米原方面)。

TOP旅の記録路線各駅巡礼写真のページえちごトキめき鉄道妙高はねうまライン・日本海ひすいライン(旧JR信越本線)(新潟県)>直江津駅(新潟県)
TOP旅の記録路線各駅巡礼写真のページ北陸本線(滋賀県・福井県・石川県・富山県・新潟県)>直江津駅(新潟県)